今は、物に不自由する事は無い、だから『自作』の意味もわからないかも・・・

今は、電子楽器関係や、パソコンを始め、ないものは無いくらいな時代になり、また、欲しければ、手に入るくらいの値段になり、『自作』するという意味すらわからない時代です。僕は、ちょうどDigitalは、これから開けていくという時代でしたので、まだまだ、世の中の製品は高価で、『自作』の意味もありました。また、『Handmade』に意味があり、今のように、パソコンの自作と言っても、ほとんど売られている商品と変わらない物で、『Handmade』の意味の無い時代ですね。技術を競って、勝ち取る時代は、過ぎてしまい、いかに安く作り、どれだけもうけるかという時代になってしまい、『Handmade』のような、お金は掛けたけれど『ぼろい』と言った事は無く、『自作』に意味がありました。事に、電子産業に於いては、『いかに安く』、『いかに精度の高い物』が作れるかを競い、お金を掛けず、その分の稼ぎを得る商売になってしまい、かつての『Handmade』の意味も無くなり始めています。唯、変わらないのは、『珍しい物を作る人たち』は、重宝され、ちやほやしてくれますが、それは、『珍しい物である』一時の事で、世にあふれてしまうと廃れてしまいます。このDigital・Synthesizerが、Analogue・Synthesizerにとって買われる時代に、『HandmadeのAnalogue・Synthesizer』のどこに魅力があるのかと聞かれると、僕も何も言えません。唯、ネットでは、Analogue・Synthesizerと言うと、昔のPatting・Synthesizerの基板を、ラックから外して、見せているだけで、どのModuleが、どういった役割を果たしているのか、説明の出来る人は、ほとんどいないでしょう。どのModuleがどういった働きをしているのかも、知らなくて良い時代になってしまいました。精々自慢できるのは、『Handmade』のGuitarとかならではで、電子関係は、この高精度な物を量産できる時代に、『手作り?』という感じです。Digital・SynthesizerのAnalogue・Modeling・Synthesizerが、Analogueの音を、Computerで、計算して出してくれる時代に、どのModuleが、どういった働きをしているのか、知らなくて良い時代です。ですから、トランジスタがどのように動いているのか等、全く知らなくて良い時代です。時代に、流され、生きていくのも一つかもしれません。僕は、かつて苦労して学んだ、あのAnalogueの時代は、今は考えられませんね。全て、計算機が、計算して、音も出してくれる、Synthesizerと言うより、『エレクトーン』、弾けさえすれば、音さえ作れれば良い時代に、どのModuleが、どういった働きをしているなど、全く知らなくて良い時代です。技術者も、計算する、プログラムさえ考えていれば良く、ハードウェアがどうなっているかは、知る必要も無く、Hardware技術者は、出来ない事を可能にする、Hardwareさえ考えていれば良く、時代の進化で、ある意味、知る必要が無くなり始めました。もう、パソコンも、進化には、限界が来ていると思っています。音は、計算された音が出てきますので、それ程の加工も考える必要も無く、かつては必要だった、Multi・Track・Recorderは、必要が無くなり始めました。Synthesizer自体一台で、Analogue・Synthesizer256台分の音は、一度キーボードを弾くとき必要で、キーボード本体Memoryで、多重録音も可能なキーボードもあり、また、弾いたキーを、記憶してくれる物もあり、全く『Handmade』のぼろさを、見せつける形になってしまいますね。また、Userは、それを当たり前の時代だと言い続け、今時『自作?』と思っていると思います。Oscilloscopeで見ても、どうやっても、どこがDigitalなの・・・と言う波形の観測になり、Digitalの悪いところは、一つも感じさせない時代です。返って余計なNoiseなど、うっとうしい事ばかり、気になる時代です。Digital・Synthesizerの方が、遙かにクリアーな、波形を示してしまう時代になり、『自作』の意味があるのか・・・と言う、形になります。僕自身、二台のキーボードと、Multi・Track・Recorderで、十分かな・・・とも思っています。いい加減に、テクノポップでは無く、オーケストラ譜を津香った方が良いのでは・・・と思っている矢先です。もう、いい加減にテクノから卒業しなければ・・・とも思っている次第です。それだけ、キーボード2台でも、オーケストラが表現できるMachineの時代になってしまいました。唯、懐かしい思い出として、『自作』を楽しんでいるだけで、昔と、全く感覚か違うと思っています。今のGuitar・Effectorは、かつてのAnalogue・Synthesizerより、遙かに、斬新な音も出るので、今時、Analogue・Synthesizerのどこが魅力的なのか・・・、もう何も無いんじゃ無いかとも思っています。それだけ、作りたいという気持ちも、無くなってしまい、部品も、ブログも、来年でも良いんじゃ無い・・・とも思っています。僕も、今は、『Analogue・Synthesizer』に、余り魅力は感じていません。パソコンも、作りたい技術の物は、作れたし、今は、新しい機能も何が必要なのか解りません。何でも、インターネットですね。僕自身、『自作』、『Handmade』の意味も、良く解っていません。小さな鍵盤で、また、簡単なDigital・Multi・Meterで、苦労する事は無く、『自作』で作っても、製品版と、全く同じような物は出来てしまいます。唯、『僕の暇つぶし』とでも言ったら良いかとも思っています。作りたい人は、作ってみたいのかなー、計測器次第で、絶対に動く時代に・・・。馬鹿らしいと感じている人が、ほとんどでは無いかとも思います。精々学生の『暇つぶし』に使ってくれたら・・・とも思っています。はっきり言って、動かない方がおかしい時代です。どこまで、僕の『暇つぶし』に付いてこれるかですね。勝手気ままな、『ブログ』も、『暇つぶし』でしかありません。僕と同じ、Oscilloscopeや、Digital・Multi・Meterは、『秋月電子通商』に有ると思います。僕のよりも、精度は高かったりして・・・。僕が買ってから、もう数年は過ぎています。今の技術は、どこまで進んでいるのかも知らないです。『ジャンク屋のオモチャ』で、満足できる人でしたら、『ブログ』に、お付き合いくださいませ。時代は、すっかり変わってしまいました。僕なりに、『自作』による、『暇つぶし』の方法を、記載して行くだけです。時代は、すっかり変わってしまいました。多分、『Noise・Toaster』は、送ってくると思うので、送ってきたら、また、紹介するまでです。どこまで、僕の『暇つぶし』にお付き合いしてくれるのかな・・・、また、僕の『気まぐれに・・・』、つくづく、Digital・SynthesizerのAnalogue波形を見て、ある意味、自分でも、呆れています。僕の『気まぐれ』と、『暇つぶし』にどこまで、付き合えるかですね。回路的には、事に『オーディオアンプ』それほど変わらない、くだらない物です。そこに、音の出る、発信器が付いているだけの楽器です。ですからまず音を聞く『オモチャ』から作らなくてはね・・・と思っています。

エリートでは無いエリートでは無い

何故、技術者とか、Computer関係に、足を突っ込んだのか不明

誰もが信じられないだろう、かつての『Rock・Guitar』狂い

若いときは、リーゼントで『オール・ナイト・フィバー』とか『サタデー・ナイト・フィバー』とか言って、ディスコ狂いで、踊り明かしていたのが、何で、Synthesizerの技術に興味を持ったのか、つくづく解らないけれど・・・

また、京都電算機学院へ、リーゼントで顔を出したのは、僕1人かも・・・

稲島共に線形に言われたぜ『おまえのようなのが来るところでは無い』とか

それでも、第3部で、一応、『電算機』は、学んだぜ

だから形だけは『CP/M-80』、『CP/M-68K』は知っているけれど、8086には、ほとんど興味は示さなかった。理由は、学術的に学ぼうとしていたのに、世の会社では、16Bitマイコンをとにかく動くだけでも、『早く世に出せ!!』と言われ、単に動くだけで、MS-DOSなんていい加減な物出してしまったのは、今でも『後悔』はしているし、それによって、今でも、パソコンのセキュリティーが書けている事は、百も承知だし・・・

今になって、もうセキュリティーの書けている、パソコンのアプリは、どうしようも無いのが現実だ。

結局、ケー向きのアプリに走り、パソコンなんてどうでも良いのかも・・・

Synthesizerよりも、Digital・EffectorのGuitar・Effectorを作って、十分満足はしていただけだし、一応JUPITER-80と言う過去のDigital・Synthesizerで満足しているし・・・

何でだろうね、『Rock』狂いの、単に『Guitar弾き』が、エリートの技術者に混ざったって、所詮『溶け込めない』のは解っていたし・・・、結局、パソコンのLSIも、この儘では、『誰も作れる奴はいなくなる』、と言う気配は感じている。誰も、ナノダイヤの粉末を作るマシンを使って、パソコンや、電子楽器のLSIを作っていたとは、思わないだろう。

アメリカでも、精々5Micronの分解能だというのにナノの世界の分解能で、パソコンのLSI他臨んできたけれど、跡取りなんてとんでもない話で、韓国製のスマホで、終わりになるのかも・・・。

大学教授にバカラされて当然の技術かも・・・。

所詮『ロックンローラ』でしかないし・・・。

何故か『ピアノの先生』の話に乗って、教授にはなった物の・・・

元は、『Rock・Guitar』弾いていただけだし・・・。

形は、オーケストラの指揮者も勉強はしたけれど・・・

ちょっと別世界だし・・・『バロック音楽』というジャンヌが専門だし・・・

年になって、誰か興味を持ってくれる人が、1人でもいたらなーと思うだけだし・・・

それ程、人気が出るとは、予想はしていないし・・・

まず、やりたい事は、ほぼ全てやりこなしたし・・・

後は、余生を送るだけだし・・・

ブログの人気なんてどうでも良かったりして・・・

誰も、『サタデー・ナイト・フィバー』なんて、臨まなかったかもね・・・

決してエリートではないし・・・、ブログに興味を持ってくれなくても・・・とは思いながら発信しているだけだし・・・、僕の気まぐれでしかないし・・・

とっくに、エリートは、別の方法で、電子楽器には、臨んでいるだろうし・・・

スマホだって、今のエリートには、かなわないだろうな・・・

何でだろうね!!、『Rock狂い』の『バイク野郎』が、Synthesizer・・・

笑ってくれよな・・・

僕がブログを載せている理由

かつて、ROLAND社に於いて、JUPITERと言うシンセサイザの作り方を教えて欲しいと言ったら、『自分で考えて作れ』と言われ、僕は、デジタル技術を使って、『JUPITER-80』というSynthesizerという結果を出しました。今は、ROLAND社『ラックマウントSynthesizer』という形になっていますが、そこにタイルまでは、小学校4年の頃から、半田ごてを持ち、ラジオなどを制作していて、中学へ行く頃、『楽しいマイコン教室』という本に出会い、『TK-80』の勉強をしていました。実際、『TK-80』と『基板型AnalogueSynthesizer』も使い、自動演奏を試みて、成功はしましたが、その頃は、全く『Digital・音楽』という物に、関心を持ってもらえず、半ば諦め欠けていた頃、テクノポップで、多少の人気はありましたが、僕は、それほどの大きな人気も無く、過ぎてしまいました。当時は、MC-8や、SYSTEM100Mを使っていました。その頃、単音シンセで無い、8和音シンセのJUPITERというSynthesizerに興味を持ち、作りたいと思いましたが、『自分で考えて作れ』と言われ、当時『初歩のラジオ』や『ラジオの制作』に乗っていた、短音Synthesizerを、自作していました、『マイコン』を使えば、和音シンセとして使えるのでは・・・となんとなくイメージはしていました。当時のマイコンでは、処理速度に限界があり、同時に、同じ音を出す、短音Synthesizerの塊を作る事は困難でした。僕は、まずは、『電算機』を学んでそれから考えようと思い、一時、CP/M等へも走りました。また、食べていかなければならないため、ゲームアプリなども作っていました。パソコンも、Windowsに成った頃、ソフト音源という物に、興味を持ち、少しずつ、Digital音源の構造を考え始めました。また、僕を大きく変えたのは、68系のマイコンでした。そのプログラミング技法は、ミニコンに近い機械語構造でした。アメリカへ渡り、真空管の4BitのComputerから学びました。まだ、MS-DOS頃回路シミュレータというプログラムも考えていました。それと、ソフト音源を組み合わせた、ソフトシンセサイザーの基本形を作りました。当時は、まだ、『GM音源』という発想しか有りませんでしたが、CPUを高速にする事も考え進めながら、ソフト音源のプログラムを、構造化する事により、ハードウェア化が可能なのでは・・・と思いながら、はじめは、Digital・Effectorと言うカラオケのエコーのMachineでしたが、僕自身、エレキギターも弾いていましたので、『Guitar・Effector』を先に完成させました。Digital・音源も、FM音源という発想には成りましたが、そこで、無線機の技術が必要な事に気づき、無線機の会社へ就職、無線の技術と、Digital化技術で、YAMAHA TG-77を完成させました。今のYAMAHAエレクトーンの音源の元となっています。その後、ROLAND社にもどりAnalogue・Synthesizerのたくさんの計算式をこなす、アプリを考えました。その構造化も進め、ROLANDSD-90と言う音源を作りました。それは、ROLAND社では、業務用Synthesizerに応用して欲しいという声が上がり、業務用JUPITERを完成させました。鍵盤型も進める事になり、『JUPITER-80』へと、駆け上がれました。その簡単な構造のJP-8と言う物も作り、僕は満足しています。そこに至るまでには、D.S.Pと言う、Digital・Signal・Processorと言うLSI技術を確立し、現在に至っています。僕もまた、ROLAND社JUPITERを作った技術者のように、今のDual・Core・Processor、D.S.Pについて、誰にも教える事は無いでしょう。事に、僕は、CADに向かっている事が多く、中国の原始的な事しかしていない奴だと言われ、ひどい話、中国人だと言われ中国に強制送還された事もあります。なんとか、日本へ帰ってこれましたが、一度は、アメリカへ行ったきりのつもりでもいました。日本へ帰っていなかったら『JUPITER』と言うSynthesizerの事は、忘れていたでしょう。今になって、大学の教授らにも、原始的だと馬鹿にされる中、学生にまで、そっぽ向かれていますが、エレクトーン奏者としては、コロナ前、かなりの人気はありました。技術的な事は、誰にも教える事は、まず無いでしょう。たとえ、インターネットが、廃れたとしても、それはそれで、時代の流れだと思っています。僕は、誰にも技術は、教える事は無いでしょう。誰かが、何もなすところから進められたら・・・。『夢』を持ち『根性』で乗り越える物だと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Analogue Synthesizerの日記Ⅴ

今年も暑くなりそうです

しばらく、Z80等からは離れます

というのは、汗をかく時期が苦手です。基板など汗で錆びてしまっては、元も子もありません。汗ぼたで、基板をだめにしてはいけないので、作業部屋も片付けました。キーボードを置いてある部屋で過ごします。別に、MC-8を構っている人たちを、新しい物があるのにと、誘う気もありません。僕自身、半世紀前のZ80をいじっていたのですから、カセットテープでも、おかしくないですね。僕自身、FDが動くと喜んでいますので・・・、にた様な物です。しばらく、電子部品から離れ、D.T.M中心に、書けるとき、記事を書いて行きます。音作り、その他データ作りに時間が掛かってしまい、毎日のUpは難しいです。また、シンセサイザーの音をUpできないのが残念です。と言って、YouTubeもやる気無いし・・・です。精々、ブログのUpで、紹介できる程度のことをして行きます。基本、AnalogSynthesizer(Analog・Modeling・Synthesizer)中心に書いていこうかと思っています。また、VOCALOIDの紹介なども随時して行きますね。少し古い、VOCALOIDですけれど・・・VOCALOIDⅣ(メグロイド)と言う物になります。

 

 

Analogue Synthesizerの日記Ⅳ

Z80マイコン、失敗を繰り返し、少しずつ、MC-8同等Machineへ向けて、進んでいます今は、74ACTypeを使って、また、今の情勢、またIC-ソケットが必要で、バブルの時ほど、良い部品は、入りませんが、致し方ないと思います。あの頃、作っておけば良かった・・・、組み込みマイコンばかり走っていて、CPU-Boardの意味を忘れていたかも知れない。今になってろ、もう廃盤だけれど、Z80マイコン、つくづく、マイコンの奥の深さを感じます。単に、その儘では、動かないこと、僕は、1Waitで無く、74-AC-Typeを選んだ意味もあります。少しでも、高速に動けば・・・と言うこともあります。昔のMC-8の高価だった意味を含め、学ばされています。一台のマイコン、すぐには、マキシマムモードは、作れないこと、回り道をしながら、次のステップへと進んでいます。まず、次には、I/OBoardを組み、また、ソケットが必要ですね。少しずつ進めています。I/O-Boardは、別のBoardで確認をして、今、次のBoardへと進んでいます。まずは、ロジックチェッカーが必要。ここまで来る間に、どれだけの部品を外しただろう。外した部品をチェックして、また、再利用したい物です。どのICが壊れやすいのかとか・・・、学びながら、次のステップへと進めたいです。写真2枚を添付します。

 

f:id:Analogue-Synthesizer:20200610013959j:plain

f:id:Analogue-Synthesizer:20200610014543j:plain

 

Analogue Synthesizerの日記

時は、昭和56年に、初歩のラジオで、AnalogueSynthesizerを作り始めた。

電圧ControlFilterがうまく作れず省いて接続していた。

トランジスタによるシンセサイザーの製作の本は買った。

勉強が忙しく、作れなかった。

それをきっかけに、Synthesizerは作らなくなっていた。

昭和58年に、Roland社 SYSTEM100を買う

また、それを動かすため

ロジック回路のMC-8の図面を作ったが

部品が高価すぎて作るのを断念

その頃、東京秋葉原PC-8001 32KByte RAM パソコンを買う

その頃、PC8001関係の本も沢山出ていた。

技術書で色々覚えた。

PC8001その他、何故か手放してしまった。

Synthesizerのシーケンスのソフトも入っていたのにね。

そこから、Digital系の物を使う様になっていた。

時が流れ、去年 Rorand 社の SYSTEM-500を買う

とても高価だった。27万円はしただろうか。

やはり、Analogue・Modeling・Synthesizerを買ったりした。

YouTubeで、MC-8を扱っている動画を見た

Cassette-Tapeを使っているのが、河合さく思えた。

昨日、マイコンでも動くよ。

パソコンと接続が出来、操作は楽だよ

そう決断して、ブログを立ち上げた。

思い返した。MC-8でなければ、満足できない人達に

僕も、マニアックで、Z80マイコン

AM188(8086系8088)と言う、マイコン

TK-80に近いマイコンを買っていた。

それを使って、MC-8のと同じ事が出来るよ。

そう思って書き始めたが・・・

どちらかと言ったら、コレクターかな・・・と思った。

本人達満足しているのかなと思い、

このブログの方向を変えていこうと思う。

Analogue-Synthesizerと言う名前の人として

マイコン関係の記事にしてゆきたい

Z80またAM188マシンに向かえれば良いかな・・・

明日からは、ブログのテンポは遅くなる。

作りたい物が沢山有るから・・・

その度に紹介していこうと思います。

今は、Z80-DIP等、手に入る時代

Programにも、少しは触れてゆきたいと思っています。

また、自作の道具類にも、触れていこうと思います。

自作マニアそのものです。

Analogue-Synthesizerと言う名の人だと思ってね

2020年4月4日